第1夜 社の少年2
薄暗い不気味な廊下を仄かな蝋燭の光が照らしている。
ふと風に炎が揺らいでその影もほんの少し揺らめいた。
途中で窓から見える景色はほぼ黒に等しい。
ぞわりと浮き立つ恐怖を抑えながら、何もない廊下をただ進んでゆく。
しばらくすると、部屋から明かりがもれているのが見えた。
それにほっと安堵しながら、そこに向かって歩みを速める。
そっと襖に手をかけたとき。
「やっと来たか……」
老女のしわがれた声が耳に届いた。
「はい」
自分の声が僅かに震えているのが分かった。
それは恐怖ゆえか悲しみゆえか定かでは無かったが。
「お入り」
短い言葉に従い、す、と襖を滑らせ前を見ると、白い髪をした老女が白い薄衣をはおり祭壇の前に跪いていた。
「おばば様………」
私の小さな呼びかけにおばば様はゆっくりと振り返ると、しわがたくさんある顔を引き締めて外を見た。
「今宵は、新月。最も神聖な日」
暗い夜空にはいつもある月が見えず、何も照らしてくれるものがない。
「今日この場にいる娘ユイは、今をもって巫女姫となることを誓う」
「はい……」
つむがれる言葉は鎖。
私を逃げないように繋ぐ頑丈な鎖。
「これを」
おばば様はそう言って2つの鏡を私に渡す。
1つは純白で黒の模様が全体を覆い隠すようにあり、もう1つは漆黒に白の模様が描いてあった。
まるで正反対のこの鏡。それはとても美しく逆に言えば何か恐ろしいものを見ているようだ。
この鏡は代々巫女姫だけに譲られる、とても大切なもの。
これを受け取った瞬間巫女姫は、その役割を果たさなければいけない。
だから、これを受け取った私は・・・・・・。
私はもう……逃げられない。
おばば様は、すく、と立ち上がると私に外へ出るように促した。
これから、森の奥の社に入るのだろう。
森の奥深くの閉ざされた社に。
ついさっきまでは、すごくすごく悲しくて、自分が育った家を出るのが嫌だった。
でも、逆に今は心の蟠りがなくなりそれほど苦ではないのだ。
ずっと心にたちこめていた霧がひゅうと風に吹かれて晴れ、びっくりするぐらいに澄んでいる。
いつの間にか着いていた少し古い社に内心びくりとしながらも、おばば様の後を追って足を踏み入れた。